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2009年11月26日

歩みを止めないファンタジスタがついに灰になった……!?
桜庭和志インタビュー

10・6『HEIWA DREAM.11 フェザー級グランプリ2009 決勝戦』(横浜アリーナ)でのルビン“Mr.ハリウッド”ウィリアムズ戦、10・25『OLYMPIA DREAM.12』(大阪城ホール)でのゼルグ“弁慶”ガレシック戦と、ひと月に2試合という過酷な闘いを“連勝”という最高の形で乗り切った桜庭和志にインタビュー。あらためてこの二連戦を振り返ってもらった。【取材日:2009年11月17日/聞き手:井上崇宏(THE PEHLWANS)】

■「ハリウッド戦が楽勝? じゃあやってみてくださいよ」

──10・25『DREAM.12』でのゼルグ“弁慶”ガレシック戦から3週間ほど経ったわけですけど。10月の二連戦、お疲れ様でした。
桜庭 はい。
──まず、10・6『DREAM.11』でルビン“Mr.ハリウッド”ウィリアムズ選手と闘ったわけですけど、それが昨年大晦日以来の試合でした。ハリウッド選手はプロボクサーでMMAデビュー戦だということで、何をしてくるかわからないという怖さもあったと思うんですけど、結果、楽勝というか、何もさせずに勝ちましたね。
桜庭 楽勝って……じゃあ、実際にやってみてくださいよ。あのスタンドで僕がどんだけビビってたか!
──えっ、ビビらされました?
桜庭 マジでビビりましたよ。最初にローキックが入ったけど、けっこうそのあとはスカしてたじゃないですか。1〜2発入った瞬間に彼が構えを変えてきたんですよ。完全にカウンター狙いの構えにしてきたので、「やべえ。これ、どうしよう」と思って。カウンター狙いで来たからローキックもかわされて、キックの距離になっちゃったから逆にくっつけなくなったんで、「どうしよう?」って感じでもういっぱいいっぱいでしたね。それで、捨て身状態で「もうどうにでもなれ!」ってタックルに入ったんですよ。そうしたら、なんとか取れたっていう。
──今回の二連戦では、あのローシングルが冴え渡りましたね。本当に美しい技で。
桜庭 ああ、片足タックルのこと? 僕が高校のときはそんな呼び名はなかったですけどね。
──片足というか、足首タックルですよね。あれ、なんで桜庭さんキレイに取ることができるんですか?
桜庭 そんなの言わないですよ、現役のときに(笑)。言ったら読まれるもん。
──ローシングルといえば、アメリカのレスリング選手でジョン・スミスっていうすごい選手がいましたよね。
桜庭 あっ、知ってますよ。あの人すごいですよ。アメリカ系の瞬発力が強い、しかもすっごい速いんですよね。
──あっという間に足取っちゃいますよね。桜庭さんのレスリング時代とリンクしてるのかはわからないですけど、ジョン・スミスの影響ってあるんですか?
桜庭 ああ、いや僕は中村先輩のマネをしたんですよ。
──すいません、中村先輩って誰ですか?
桜庭 僕の高校の1コ上の先輩です。
──知るわけなかった(笑)。
桜庭 だって、 昔ジョン・スミスの試合を観た時、「あれ? 俺のマネしてんじゃん」ぐらい思いましたもん(笑)。あっ、俺じゃねえや、「中村先輩の真似してんじゃん」って(笑)。だから、元祖は中村先輩ですね。
──そういえば以前、馳浩さんが「桜庭のあの低いタックルは秋田商業高校の伝統だ」って言ってましたね。
桜庭 ほらぁ!(笑)。あ、じゃあ、元祖は中村先輩じゃないのかな? 中村先輩も誰かのマネをしてやってたんですかね。でも、伝統みたいな感じでもなかったですけどね。正面タックルが強い人もいたし、人それぞれだったと思いますけど。
──あれって、入るときすごい勇気がいりますよね?
桜庭 いりますよぉ。あれにカウンターを合わせられたらと思うと。それなのに楽勝って言われたらねえ……。
──失礼しました(笑)。そして、弁慶戦のほうは素人目から観ても決して楽勝とは言えない、86発のパンチを浴びましたね。
桜庭 試合前に握手したんですけど、彼の手がでかくて「この手で殴られたら痛いだろうな」って思ったんですよね。実際、痛かったですね。
──じゃあ、意識が飛ぶとかそういう感じではなかったんですね。
桜庭 意識は飛んでなかったです。「痛ってえなあ」って感じで。実際には頭がい骨の上の肉が痛いだけで、飛んじゃうとかっていう感じではなかったですね。ガチャガチャくるから「うるせえなあ、このパンチ」って思ってましたもん。あの痛さは、過去に闘ったボブチャンチンのパンチの次くらいですね。
──ああ、当時イゴール・ボブチャンチンのパンチを「フライパンで殴られたような感じ」って言ってましたよね。
桜庭 そうそう。その次の痛さだから、鉄じゃなくてステンレス製?(笑)。まあ、「鉄じゃなくてステレンスだから大丈夫」みたいな。
──どういう発想ですか(笑)。
桜庭 だから、レフェリーが「動かないと止めますよ」って言ってたのもハッキリわかってたし、だからその声で動いたんですよね。最初のアキレス腱は、なにげにちょっとポイントがズレてたんですよ。ただ、ズレててもそのままジーッと絞めてると、けっこう痛くなってくるんですよ。痛みが溜まってくるというか。
──なるほど。
桜庭 ズレてても痛みが溜まってくるんで、「これでギブアップするかな?」っていう感じでやってたんですよ。でも、それをやってたら、やっぱり見た目では動いていないように見えるんで、レフェリーから声をかけられたときに「あっ、ヤバい。動かないとダメだな」って思って、足首に移行して。
──それで、最後はヒザ十字でしたね。
桜庭 あの〜、40過ぎのおっさんに、なんでまたそんな厳しい試合をさせるんですかね?
──アハハハハ。結果的に厳しい試合になりましたけど、タックル一発で倒して最初のアキレス腱が極まってたら、また全然あの試合の印象が違ってたと思うんですよ。
桜庭 あっ、向こうの技も出てたと。
──ええ。
桜庭 まあでも、僕的には、しょっぱなで弁慶がギブアップしてくれてれば、ケガが長引くこともなかったよなあ。
──本人にしてみればたまったもんじゃないでしょうけど、勝った瞬間にファンが総立ちになったっていうのは、そういうことですよね。
桜庭 ええ、向こうのいいところも出たからですよね。一方的な展開じゃなくてね。
──ワンサイドって、やっぱつまんないじゃないですか。
桜庭 うん、面白くない。
──ハリウッド戦とか(笑)。
桜庭 だからぁ……、あれは精神の闘いだって!(笑)。表面的なアタックをしてる闘いじゃなくて、精神の闘いですよ。

■「いや……ホントに無理ですからね?」

──だけど、あの最初のアキレス腱が極まらずに、86発パンチを浴びたうえで勝ったっていうのが、桜庭和志の天才たるゆえんだと思いましたけど。ホント、ハラハラさせられましたから。
桜庭 いや、ただ痛いだけでしたね。ただ、86発っていっても、全部が全部痛いわけじゃないですよ? やっぱポイントで痛いものもあるし、当たってるだけっていうパンチもあるし。
──ただ、観る側がPRIDE全盛時代に漠然と思い描いていた「40歳くらいになった頃の桜庭和志」っていうものがあるとしたら、まさに弁慶戦がそうなんじゃないかなっていう。あんな歳の取り方をしていて欲しかったっていうか、一線級の若い選手からビシッと一本取るミラクルおじさんっていうのが理想だったと思うんです。
桜庭 ……キツいっスよ。
──キツいはキツいでしょうけど……。
桜庭 キツいっスよ、これ!(笑)。
──そんなキツいことをやってるからこそ、柴田勝頼も泣きながら肩車をしにくるわけですよ(笑)。やっぱり、ハリウッド戦なんかはいくら本人がキツいって言っても、そのキツさが伝わりづらい試合じゃないですか。
桜庭 わかります、わかります。何度も言いますけど、あれは精神の闘いですからね、ええ(笑)。
──じゃあ、違う見方で言えば、無名って言ったら悪いんですけど、MMAの闘いをしたことがない選手と精神的な闘いを強いられて、結果、楽勝に見えたと。いっぱいいっぱいの中で闘ったのに、「まあ、そうなるでしょう」とか「そりゃ、勝つでしょうね」みたいな評価のされかたってやるせなくないんですか?
桜庭 あのね、向こうから来てくれる選手だったらいいんですよ。自分から来ない「待ち」の選手っていうのが一番面倒臭いんですよね。動きをこっちが作らないといけないから、すごく面倒くさい。まあ……結果は楽勝に見えたでしょうからね(笑)。ただ、ほかの人がどう捉えようが、自分の中ではけっこういっぱいいっぱいでやってたし、実際この二連戦ですっかり灰になっちゃいましたから。
──灰に(笑)。なんでも、練習は昨日(11月16日)から再開されたとか?
桜庭 ええ。約3週間何もしないで、ようやく昨日からなんですけど、もうウチの高橋(渉)と佐藤(豪則)にラッパされまくって、「ヒーッ!」ですからね(笑)。顔面蒼白で、唇も真っ青ですから。「桜庭さん、顔が白いんですけど……」って言われて、「えっ?」って鏡を見てみたら、もうプールではしゃいでる小学生みたいな。「おい、お前はもうプールから上がったほうがいいぞ」っていうぐらいの顔色の悪さでしたね。
──「お前は楽しいからわかってないと思うけど」って(笑)。
桜庭 そうそう(笑)。本当に真っ白で自分でもビックリしましたね。その後もガンガンたらい回しにされて。「こりゃ、もうダメだ」って感じで。いやホントにキツいっスよ。そもそも、10月もはじめは試合は大阪だけって話だったのに、急に「横浜も出て」って言われて。それで横浜に出たから、大阪はもうナシだろうって思うじゃないですか? だからもう弁慶の試合が終わったら、あしたのジョーになっちゃって、灰になっちゃったんですよ。今はもう何もやる気がしないですからね。
──でも、ここまで練習期間が空いたっていうのも、過去に例がなくはないですよね?
桜庭 まあ、ありますけど。ほら、去年だって腕を骨折してずっとギプスしてたのに、秋に練習再開したばっかだって頃に年末のオファーが来て……。
──ああ、そうでしたね。
桜庭 でも、今回はなんか気分的にいっちゃった感じですね。ひと月に2試合って……もう灰ですよ。
──それで今回は特に顔が白い(笑)。
桜庭 今までは「やべえ、ケガが早く治ってくれないかな」とか、「はやく練習やらねえとな」っていうのはあったんですけど、今回はまるっきり何もしたくなかったんで。車に乗って道場に来るのすら嫌だったというか。
──桜庭さんは、今年7月の誕生日で40代に突入されたわけですけど。普通大人っていうか社会人って、20代より30代、30代よりも40代ってだんだん良くなっていくと思うんですよ。景気は別としてですよ。仕事を覚えてスキルも上がるだろうし、頭も良くなってくるだろうし、いろんなインサイドワークも身に付いてくるでしょうし、まだまだ可能性も広がるし。格闘家っていうかスポーツ選手って、それとは逆ですよね。やればやるほど、どんどんダメージが蓄積したり、コンディションも悪くなるっていう。そのあたり、不条理さを感じたりはしませんか?
桜庭 別になんとも思わないですね。やりたいことをやらせてもらってるだけですから。
──そういうもんだっていう?
桜庭 はい。
──じゃあ、精神の闘いじゃないですけど、経験値や脳みそのほうはどんどん上がっていく一方で、肉体的な面は落ちていくっていう、その辺のジレンマみたいなのは感じないですか?
桜庭 いや、全然ないですね。
──たとえばですけど、「今の脳みそで小学校からやり直したとしたら、俺めちゃくちゃすげえぞ!」っていう妄想をしたりするじゃないですか(笑)。
桜庭 あーっ、はいはい(笑)。
──だから、20代の頃の自分の肉体が、今の自分の脳みそと合体したら凄いなとか。そういうのってないですか?
桜庭 ああ、それはちょっとはありますね。っていうか、今は1日24時間じゃなくて、30時間以上欲しいなって思ったりしますよ。
──それはどういう意味ですか?
桜庭 なんか時間が短く感じるんで。
──ああ、歳を取るにつれ、時間が経つのがめちゃくちゃ早いですよね。子供の頃とか、一日が終わるのが長く感じられたんですけどね。
桜庭 長かったですよね。だって今年なんか、僕はまだ梅雨の時期くらいの感覚ですからね。
──まだ夏が来てないくらいの感覚なんですか(笑)。
桜庭 そうそう。半年くらいしか経ってない感じ。
──それで、年齢の話ばかりで申し訳ないんですけど、格闘技がひとつの見せ物だとして、完全じゃない人間がやる試合っていうのも面白いじゃないですか。もう興奮したりテンション上がってわけわかんなくなっちゃってて、無我夢中にやってたりとか。コントロールがきかずに死に物狂いでやってる人とかって、観ていて面白いじゃないですか。桜庭さんぐらいのキャリアになってくると、わりと冷静だと思うんですよ……でもないのかな?
桜庭 冷静ですよ!(笑)。
──冷静ですよね(笑)。だから、以前ちょっとお話した、怒ってる桜庭さんというか感情むき出しの桜庭さんが魅力的に見えるみたいなものとは、違う価値観を今回手にしたのかな、と。
桜庭 あーっ、なるほどね。でも、じつは昔からあまりキレたりとかってないんですよね。
──感情的になって試合をやったことって記憶にないですか?
桜庭 けっこうないんですよ。他人が見たらムキになって殴り合ってるように見えたかもしれない試合も、殴り合ったらお客さんが盛り上がってくれるから、「殴りに行ったほうがいいのかな?」って迷って、最終的にそれでいっちゃってるだけなんですよ。
──感覚的に「面白がってもらわなきゃ」っていうほうを優先しちゃう感じなんですか?
桜庭 まあ、はい。
──すごいですね、それは。あのー、今回はタイミング的に年末のことなども何も決まってないでしょうから、最後に今後の格闘家としての抱負などを……。
桜庭 ありきたりな締めのパターンですねぇ(笑)。
──いや、桜庭さんへの取材は精神の闘いですから、もういっぱいいっぱいなんです(笑)。
桜庭 なんだ、それ(笑)。じゃあ、抱負を言います。来年の2月か3月ぐらいに試合をよろしくお願いします。
──それ、誰へのメッセージですか(笑)。
桜庭 いや……ホントに無理ですからね?
──はい?(笑)。じゃあ、皆さん、来年またお会いしましょう、と。
桜庭 はい。皆さん、よい年をお迎えください、と(笑)。